月刊「新樹」第246号  

安全保障問題「若い人の理解ほしい」

 今日、軍事力は『戦うため』よりも、戦争そのものの『抑止力』として重視されている。そのもっとも強力なかたちが『核武装』である。冷戦時代、アメリカとロシア(旧ソ連)はお互い牽制しあい、直接戦うことはなかった。『防衛』とか『安全保障』というのは、こうした戦争を予防することで国家の安全を図る手段といえる。これらは、大きく次の三つに分けることができる。
(1)自国の軍事力による『個別的な自衛』
(2)軍事同盟による『集団的自衛』(例えば冷戦時代には西側のNATO<北大西洋条約機構>と東側のWTO<ワルシャワ条約機構>が世界を二分していた)
(3)政治的措置をも伴う『集団的安全保障』(例えば国連による世界平和のシステム、経済制裁やPKO活動などを含む安全確保の手段等)
 日本の場合は自衛隊と日米安保条約によって、戦後一貫して防衛体制が整えられてきた。日本政府は(1)の『個別的な自衛権』は合憲とし、自衛隊と日米安保条約はこれに当てはまるという立場をとっている。
 一方、日本政府の見解に真っ向から反対するのが『非武装中立論』である。特に日米安保は(2)の集団的自衛権、つまり軍事同盟ではないかという疑問が指摘され、激しい議論が続いていた。しかしこの議論の中心的政党であった日本社会党は、村山富市委員長を首班とする自社さ連立政権が昨年六月に成立するや、従来の主張を臆面もなく180度政策転換して、自衛隊合憲、PKOを認め日米安保条約も容認するという態度に変わり、殆どこの議論はされなくなったといってもいい。
 以前は日本社会党を中心とする一部のグループは、よく日米安保条約反対の立場から永世中立国のスイスを引き合いにだしていた。日本は平和憲法(私は現在の日本国憲法は偽りの平和憲法と思っている)を掲げているのだから、スイスを見習って中立国になるべきだという主張である。
 しかし、この主張はナンセンスであり、スイスは国民皆兵制度を敷く重武装中立国家(この点を知らない日本人は意外に多い)である。「中立を掲げる以上、自分の国は自力で守る」という確固たる思想を持たなければ独立を維持することはできないのである。日本では防衛の任に当たっている自衛隊の存在そのものに違憲論が唱えられており、スイスを日本の参考にすることはできない。
 (3)の集団的安全保障については、日本はこれまで、専ら経済援助など非軍事的な分野で国連に協力・支援してきた。ところが九一年の湾岸戦争以来、日本も汗をかく国際貢献が世界から求められるようになった。その中で非軍事の活動に限定したとはいえ、1992年カンボジア、1993年モザンビークへのPKO、それから昨年ルワンダ難民キャンプ地への自衛隊の人道援助派遣が行われた。(ゴラン高原へのPKO派遣も検討されている)
 国連のPKO活動に関しては、日本のPKOの参加五原則、憲法解釈と国連のガリ事務総長の提唱している新しいPKO構想との整合性も考えながら今後は対処すべきである。
 ここに日本人の防衛意識を知る上での一つのデータがある。電通総研、余暇開発センターが1991年6月にまとめた『世界価値観調査』によると『もし戦争になったら進んで国のために戦うか』という設問に対して『はい』と答えたのは、中国93.2%、韓国85.4%、アメリカ69.7%、イギリス66.8%、フランス53.7%、調査国中、最も低かったのが日本で10.3%という異常な低さであった。
 この結果は日本人には国を守る気概が乏しいというよりも、戦後、直接戦争に日本が巻き込まれた経験がないということで、戦争に対する現実感が国民の間に希薄なためだと思われる。国の安全保障(防衛)問題は国民一人ひとりの生命・財産にかかわる問題であるにもかかわらず、現実の生活に密着していない分だけ実感がない。そこが国民の共感を得るのに大きな障害となっている。
 未だに「水と安全はタダ」という安易なイメージから脱却していない人が多いのも事実である。しかし日本人である限り、"かけがえのないたった一つの祖国・日本"を最後は自らの手で守り抜く気概を持つべきである。
 1992年の旧ソ連の解体によって米ソの対立は消滅し、「冷戦は終結した」と言われている。しかしとりわけ東アジア地域、日本を取り巻く環境は不透明である。
 昨年十月に米朝合意があり、日米韓三カ国による朝鮮エネルギー開発機構(KEDO)設立への話し合いが行われているとはいえ、北朝鮮の核開発疑惑が払拭されたわけではない。東アジア全域で軍拡が進んでいるのも事実である。とても平和な状態とはいえない。
 そのような中で日本の安全保障(防衛)を考える時、バランスのとれた安全保障(防衛)意識を日本人一人ひとりが持つことが、これから益々重要になってくる。
 日本の特に若い人たちが、今よりも安全保障(防衛)問題に関心と理解を示してくれることを元陸上自衛官の一人として願ってやまない。

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